.FatalReal

基本,健忘録兼日記。 たまに思っている事とか。

[Random Jotting]

胃の調子が悪いので,昔書いた文章で場凌ぎ。

先日地上波で放送されたI Am Legendを実家で見た。
内容は3行で終わるけど,映像的にはなかなか凄まじい描写。
ハリウッド映画にしては珍しく,後味の悪い悲惨な終わり方で,救いがあまりないのも印象的。

ダークシーカー達にもある程度の知能と社会性(?)が芽生え始めている事に気付けない(気付きたくない?)ネヴィル博士が痛々しかった。
また,ダークシーカー達を治療出来る血清が,その後量産され,人々を救うことが出来るかも微妙で,むしろあの勢いでたくましく生き続けるダークシーカー達こそが地上の覇者となる未来の方がより強く透けて見える。

見た後に知ったことだが,これで3度目の映像化らしい。
原作は吸血鬼もので,地球最後の男(wikipedia)によると

 本作はリチャード・マシスンの長編デビュー作であると共に、全世界の人間が吸血鬼と化し、ただ一人の人間となった主人公に襲い掛かってくるというシチュエーションが、様々なエピゴーネンとオマージュの対象となっている。

 • 全世界で生き残った人間が、主人公ただ一人
 • 一軒家に立て籠もる主人公を狙って、夜な夜な死者が集まってくる
 • 吸血鬼という古典怪談の怪物を現代・都市部の怪物として再生
 • オカルト現象を病理学的・科学的に解明しようとする
 • ラストで明かされる価値観の逆転

この内,価値観の逆転については,非常に重要なテーマだと思うが,I AM Legendでは,その辺が曖昧だった気がする。
ちなみに原作では…

 そしてある夜、暴走族のような集団がネヴィル邸を襲撃し、周囲に集っていた吸血鬼たちを殺戮し、抵抗するネヴィルを痛めつけて連行する。
 彼らは吸血ウイルスに冒されながらも生き残り、新たなコミュニティを形成する「新人類」であった。

 そしてネヴィルは、彼らが処刑されようとする自分を見る目に恐怖が宿っていること、そして自分が彼らにとって“人々が寝静まった頃に街を徘徊し、人間を殺戮しまくる異形の怪物”であることに気づくのだった。

この価値観の逆転は背筋が寒くなる。
治療薬の臨床(人体)実験の為にダークシーカー化した女性を捕獲したネヴィル博士は,ダークシーカーから見ればただの誘拐犯であり,実験の過程で仲間を次々と殺害するマッドサイエンティスト以外の何者でもないのだろう。
 視点の切り替えによる価値観の逆転と言うよりは,今まで知能のない存在だと思っていた者共が,実は十分な知能と社会性を持っていたと言う対象の評価変更に伴う価値観の逆転なので,意識も感覚もないと思っていた植物状態の人間が,実は意識も感覚もハッキリ持っていたと言う事実に似た,薄ら寒さ,後味の悪さを感じる。
そう言う意味では,これほど古い原作でありながら,今なお光るテーマなのかも知れない。

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